研究室 & ゼミ紹介2
言葉が紡ぐ謎を楽しむ
私は日本の近代文学を研究していますが、特に関心を持っているのは、明治時代から昭和の戦前期にかけて活躍した泉鏡花という作家の小説です。1900年に発表された代表作『高野聖』は、旅の僧侶が山中で道を誤り、美女の住まいに宿を取ったことでその妖艶さに心を迷わせ、修行をやめて山で暮らそうかと悩むものの、劣欲を抱く男たちを誘惑しては獣に変えているという彼女の怖ろしい正体を知って下山したという話です。要約してしまうとありきたりで説教臭いストーリーに見えるかもしれませんが、細部に注目すると、主人公が山道を行く場面で遭遇する蛇や蛭のグロテスクな描写、水辺で女にまとわりつかれる時の官能的な表現などは極めて生々しく、いま読んでも眩惑されそうな迫力があります。一方で物語の背景に眼を向けると、鉄道網を中心とした当時の社会インフラの発達や、日清戦争から日露戦争に至る過程で家庭や学校、地域や共同体を集約する形で整えられていった諸々の制度が(こんな山奥にも)影を落としていることも読みとれます。さらに、異郷訪問という設定や美女の造形については、作者が古今東西の物語や絵画を摂取した跡が見て取れますし、鏡花の別の小説に出てくる重要なセリフが文脈や状況をずらして用いられていたりと、文学作品というものが自他を含む様々な表現と接し、交差する中で成立しているということが分かります。
私のゼミでは幻想的なフィクションを好む層だけでなく、人間の複雑な心理やドロドロした関係性、政治や事件といった社会のシリアスな様相を描いた作品に関心を持っていたり、理詰めで仕掛けや構造を分析することに長けた学生もいます。毎週、各自が関心を持つ作品についての考察を持ち寄って議論していますが、言葉・人間・社会といった、出来合いのセオリーでは簡単にその全貌を理解することのできない世界にアプローチする方法として、文学研究は独自の有効性を持っていると実感しています。